殺虫剤を取り扱う作業者の健康管理や曝露評価に対する関心が高まっています。労働安全衛生法に基づく事業主の義務がいくつかありますが、科学的な治験が少ないために、いまだに十分にリスク評価されていない化学物質がいくつかあります。殺虫剤(種類にもよりますが)もそのうちのひとつで、衛生管理や農業分野で多く使用されていますので、今後ますますそのリスク評価が急がれます。私どもは殺虫剤使用者の殺虫剤に対する曝露状況やそれを把握するための指標(バイオマーカーなど)づくりを主な研究テーマとして、いくつかの事業所の協力のもとに基礎的な情報を構築しています。本研究では日常的に芝生や樹林の維持管理の目的で殺虫剤を散布する作業者を対象に、散布中の気中殺虫剤濃度、尿中に排泄される殺虫剤類(バイオマーカー)をモニタリングし、保護具装着や散布方法の現状把握を目的として、また簡易的な健康調査も併せて実施することで、今後の調査の基礎データを収集する予定です。

対象となりました皆様には、下記のように研究の内容をご理解いただきましてご協力いただければ幸甚です。

なお、研究説明は本研究に関わる研究者が実施いたします。

 

Ⅰ 課題名

 殺虫剤散布作業による殺虫剤曝露と健康影響に関する研究

 Exposure and risk assessment of the insecticide in occupational  

 insecticide sprayers 

 

Ⅱ 研究組織

1 研究責任者(所属・職名・氏名)

名古屋大学大学院医学系研究科医療技術学専攻・准教授・上山純

 

2 研究分担者(所属・職名・氏名)

名古屋大学大学院医学系研究科医療技術学専攻・教授・近藤高明

名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻・修士1年・西原奈波

名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻・修士1年・北原悠吾

 

3 共同研究者(所属・職名・氏名)

東海コープ商品安全検査センター・顧問・斎藤勲

千葉大学・名誉教授・本山直樹

名古屋大学医学部保健学科検査技術科学専攻・学部4年・小田真也

株式会社化学分析コンサルタント・分析部・阿部智早絵

株式会社化学分析コンサルタント・管理部・丸 諭

 

Ⅲ 研究等の概要

<研究の目的・意義・背景>

世界中で汎用されている農薬類(殺菌剤、除草剤および殺虫剤等)は、農産物の安定的な市場への提供や衛生害虫の管理に必要不可欠な物質である。我が国における農薬散布等による急性中毒の事故例は年間10件程度(農林水産省「過去5ヶ年の事故及び被害の発生状況」より)とされているが、近年は慢性的あるいは低用量の農薬等曝露が及ぼす健康影響に関する研究成果が相次いで報告されている。

 本研究では尿中に排泄される農薬類およびそれらの代謝物類を測定し、農薬曝露量を個人レベルでモニタリングし、作業者の農薬類への曝露状況の把握と生体影響に関する検討を試みる。この成果は円滑な農薬曝露の影響評価や農薬曝露の軽減に向けた取り組みの実施に有用な情報を提供し、従来の曝露モニタリング手法と有機的に結びつけることにより、労働衛生3管理(作業環境管理、作業管理及び健康管理)実施の一助を担うことが期待できる。

 

<研究の科学的合理性の根拠>

以下の学術論文は殺虫剤使用者の健康リスクの可能性を強く示唆するものである。我が国の農耕地面積あたりの農薬使用量がOECD加盟国中で第2位である事を考えると、このような疫学研究を日本人でも実施する必要があり、本研究で得られつ情報はそういった疫学研究のデザイン設計などに重要な情報となり得る。

1) Lifetime Pesticide Use and Telomere Shortening among Male Pesticide Applicators in the Agricultural Health Study, Hou et al., Environ Health Perspect. 121: 919-24 (2013) 概要:殺虫剤や除草剤などの農薬の長期的な使用により、テロメア長(buccal cell DNA)が短くなる可能性を示唆している。

2) Oxidative stress, hematological and biochemical alterations in farmers exposed to pesticides. Wafa et al., J Environ Sci Health B. 48: 1058-69 (2013) 概要:コホート調査によって農業従事者における長期の農薬曝露は、脂質代謝や酸化ストレスの誘導等に起因する血管系疾患と関連していることを示唆。原因となる農薬は同定されていない。

 

<研究の対象>

1 研究対象者の選択基準

ゴルフ場、山地および公園等で芝生や樹木を管理する事業所に所属し、殺虫剤散布作業を主な業務とする成人男性をリクルート対象とする。共同研究者の本山直樹氏(千葉大学名誉教授、農学部)は本事業所で農薬使用に関するアドバイザーとして協力しており、事業者の安全を確保にも積極的に取り組みを進めようとしている。本事業者の事業主に研究の主旨を説明済みで、実施の了承を得ている。

 研究対象者のリクルートは事業主の圧力がかからないように、1)研究の説明書と同意書がセットになった用紙を事業所内に設置し、従業員は自由にその用紙を持ち帰る、2)事業所内に用紙の回収ボックスを設置し、回収した用紙は事業主は通らずに事務担当者が直接名古屋大学に送付し、本研究室で同意の有無を確認する。

 

2 除外基準

従業員が未成年者の場合、研究からは除外する。

 

目標症例数

殺虫剤散布作業者:殺虫剤散布を職とする成人で研究の同意が得られた約30名。作業環境や散布薬剤等によって薬剤曝露量は変化し、尿中に排泄される曝露バイオマーカーである代謝物類の排泄量もばらつきが多く存在する。したがって、本研究ではその多様性は不明な点が多いため、必要なサンプル数の算出は困難である。可能な限り本研究の調査対象者を募る。対象とする事業所の職員は約30名であるため、最大値を示す。