発表論文の概説 overview of our paper

ここではいくつかの学術論文として雑誌に掲載された研究内容を概説いたします。


ヒトスジシマカ雌成虫の生息密度を予測するモデルの開発に成功

Density predictive model for an outbreak in adult female Aedes albopictus (Diptera: Culicidae) in Japan

Journal of Medical Entomology, XX(XX), 2023, 1–9

https://doi.org/10.1093/jme/tjad166

 

 

 ヒトスジシマカはヤブカ属の一種で、本邦における主要な吸血動物であり、病原体の媒介動物でもあります。蚊の生息密度を予測することは吸血リスクの予測に繋がると考え、本研究では、ヒトスジシマカ雌成虫の生息密度についての予測モデルを、気象データを利用して開発しました。Web上で公開されている過去10年間に実施された人囮法の860データを、11の都府県から収集できました。目的変数を最尤法により負の二項分布に当てはめた結果、形状母数は0.33と推定されました。最適な予測モデルは35の予測子候補を全て含む部分的最小二乗法によるモデルであり、テスト集合におけるRMSEと決定係数は1.33および0.74でした。独自に愛知県内で調査して得られた人囮法データに予測モデルを適用した結果、RMSEと決定係数は1.17および0.92と良好な汎化性能を確認できました。

 現在、開発したモデルを社会実装する準備中です。ヒトスジシマカの生息密度および吸血リスクについての情報を公に提供できた場合、衛生行政や市民は吸血リスクを低減する対策を効果的に実施することが可能となり、掻痒感や伝染性膿痂疹等の二次的な被害によるQOLの低下や蚊媒介感染症のリスクの低減に役立つことになります。

日常的な農薬摂取が及ぼす腸内環境への影響

Effects of Pesticide Intake on Gut Microbiota and Metabolites in Healthy Adults. International Journal of Environmental Research and Public Health. DOI:10.3390/ijerph20010213

 

農薬は、農業害虫、衛生害虫や不快害虫の防除、あぜ道や空き地管理等に用いる除草を目的に使用するなど、身近な化学物質の一つです。この研究では一般生活者 38 名から尿と便を収集し、尿中の農薬代謝物等を測定することで曝露レベルを評価し(バイオモニタリング 注 1) )、腸内細菌叢や代謝物濃度に影響するかどうかを評価しました。その結果、有機リン系殺虫剤の曝露マーカーとして知られる尿中ジアルキルリン酸濃度と便中酢酸および乳酸濃度との間に統計的有意に負の相関が検出されました。このうち、食事や生活習慣で調整した多変量解析でも、尿中ジアルキルリン酸濃度は便中酢酸濃度の有意な説明変数として検出されました。作用機序は未解明ですが、日常的な有機リン系殺虫剤の曝露が、腸管免疫制御などに寄与している便中酢酸濃度に影響することを示唆する結果を得た初めての調査であり、さらなる詳細調査の実施が強く期待される成果となりました。

 

ポイント

○ 一般生活者の日常的な農薬曝露と腸内環境の関係をヒトで初めて調査した。

○ 有機リン系殺虫剤の曝露量が増加するに従い、腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸の一種である酢酸の存在量が低下する傾向にあった。大腸における酢酸の役割には、腸管感染防御作用が知られている。

○ 別集団を対象とした本研究結果の再現性確認や、実験的アプローチによる機序解明が急がれる。


2006年から2015年までの日本人小児におけるグリホサート尿中濃度の経時的傾向と特徴

International Journal of Hygiene and Environmental Health

DOI:10.1016/j.ijheh.2022.113963

 

グリホサートおよびその塩類は、1970 年代から販売が開始され、世界中で最も使用されている除草剤です。日本国内ではグリホサートは、一般的なホームセンター等で容易に入手可能で、農業分野、公園や道路などの公共の場、家の庭といった一般生活環境下で多く使用されています。諸外国では、グリホサートのヒトへのリスクを評価するため、生体試料中からグリホサートやその代謝物を測定することで、グリホサートの曝露レベルを理解する試みが進行中ですが、曝露レベルの経年変化や季節さなどは明らかにされていませんでした。本研究では、化学物質の影響を比較的受けやすいとされている小児を対象に、尿中のグリホサートを測定し、グリホサートの曝露レベルやその特徴を観察しました。結果、日本人小児の尿からグリホサートを検出し、その検出率は年々上昇傾向にあり、日本におけるグリホサートの国内出荷量の増加と相関があることが示されました。また尿中から検出されたグリホサート濃度は、これまでに諸外国から報告された値と同等または低いレベルでした。尿中グリホサート濃度から算出したグリホサートの推定 1 日摂取量は、日本食品安全委員会の定める一日摂取許容量 注 2) と比較して、非常に少ない量であったことから、グリホサート曝露レベルは、人体に影響を及ぼす程度の量ではないことが示されました。

 

ポイント

○ 一般生活者の日常的な農薬曝露と腸内環境の関係をヒトで初めて調査した。

○ 有機リン系殺虫剤の曝露量が増加するに従い、腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸の一種である

酢酸の存在量が低下する傾向にあった。大腸における酢酸の役割には、腸管感染防御作用が知られている。

○ 別集団を対象とした本研究結果の再現性確認や、実験的アプローチによる機序解明が急がれる。